Stand by Me

歌声を聞ききつつ地下鉄の階段を疲れた足をゆっくり交互出しながら下りた。

プラットホームではいつものストリート音楽家たちがいつものMyGirlを熱唱してる。彼らは、日々の糧を稼ぐ為に歌ってるのか、そのすばらしい歌声を披露する為なのか、いつかスカウトが来るのをまっているのかは私には解らない。でも、彼らの歌声は仕事と人生にちょっと疲れた私に元気をくれる。

なぜか今日はふといつもは絶対にしないリクエストをしたいなと思った。曲名は『Stand by Me』。私の気持ちが通じたのか、彼らは『Stand by Me』を偶然にも歌いだした。

『Stand by Me』を聞くと、まだ幼かった自分を思い出す。無知で、世間知らずで、傲慢で、おまけに無鉄砲。でも好奇心でいっぱいで、感じるもの、見るものすべてが刺激的だったあの頃。アメリカでの生活に憧れていた私を思い出す。『Stand by Me』は私にとってアメリカのすべてだったから。

実際にアメリカに住み始めるとアメリカは自分の描いていたものとは違う。みなそれぞれの問題を抱えてる、世界中の誰もがそうな様に。けっしてバラ色の生活ではない。そしてその生活に慣れきってしまった私。見るもの、触るもの、聞くもの、すべてが日常のいつもの風景になってしまった今。その現状を変えることもなく住めば都と言い聞かせ何もしない私。

そんな冒険をしなくなった私に『Stand by Me』は幼い頃の野望でいっぱいだった私に引き戻してくれる。そしてそっとがんばれよと言ってくれるような気がする。

どうして?

友達からたくさん本をいただいた。日本語の本はとっても貴重品。何よりもうれしいプレゼントなの。英語も出来るけどやっぱり日本語の音の響きとか、言い回し方が大好き。3種類も文字があるししかも同じ言葉でも漢字、ひらがな、カタカナでニュアンスが違ってくるとこも大好き。やっぱり、日本語は感情を表す言語ね。

もらった本の中に小栗左多里のダーリンは外国人X2と英語ができない私をせめないで!が入ってた。もちろん日本語活字に餓えてるわたしは全部一気読み。

彼女のダーリンはアメリカ人。しかも言語オタク。私はちょっと言語オタク。文字ってすばらしい。

で、考えた。私は英語で生活してるけど、どうして英語ができるようになったの???私自身常識とはかけ離れたことしてるけどなぜか英語ができるようになちゃった。

*我が両親は私が大人になるころにはコンピューターが発達し、自動翻訳ができるようになるので英語の勉強は必要ないと本当に思っていた。従って、自動翻訳機が訳せるように日本語をきちんと話せるようになれば良いと思っていた。だから中学校はいって初めて英語にふれた。アルファベットだってかなり怪しかった。世の中の常識は早ければ早いほうがよい。じゃない?

*めんどくさがりです。こつこつすることは苦手。単語帳なんかめんどくさくて持ってるけどほとんど使用しなかった。めんどくさくて辞書も引かなかった。というよりは分からない単語全部辞書を引いてる時間がアメリカに来てからなくなった。1ページ完璧に理解するより、100ページを何となく理解することの方が大事になったから。どうしても文章全体がその単語が分からないときだけ辞書を引くことにした。

*一度観ただけの単語は覚えないことにした。覚える単語が山ほどあるので使っているうちに必然的に覚えた。

じゃあ、なぜ?

それは、私がおしゃべりだから。としか言いようがない。言いたいことがいっぱいある時に相手に伝える手段がなかったらもどかしいじゃない。